上達部とは?読み方や殿上人との違いを国語教師が解説

こんにちは。たく先生です。
古文の授業で頻繁に登場する「上達部」という言葉ですが、その正しい読み方や意味を自信を持って答えられるでしょうか。「なんとなく偉い人」という認識のまま読み進めていると、物語の人間関係や敬語の方向を取り違えてしまい、読解で大きなミスをしてしまうことがあります。
上達部と殿上人の違いや公卿との関係など、平安時代の身分制度は複雑で覚えにくい部分が多いものです。しかし、物語の中で彼らがどのような振る舞いをするか、どのような敬語が使われるかを理解することは、難関大の入試問題を解く上で非常に強力な武器になります。
この記事では、古典の世界で権力の中枢にいた彼らの実像や、試験で問われるポイントについて、国語教師としての視点も交えながらわかりやすく解説していきます。
- 上達部の正しい読み方と語源、歴史的仮名遣いの注意点
- 殿上人との決定的な違いと、それを分ける「場所」の概念
- 読解で主語を特定するために必須となる最高敬語の識別ルール
- 『枕草子』や『更級日記』における上達部の描かれ方と文学的意義
上達部の読み方と基本的な意味を解説
まずは基本中の基本、言葉の意味と読み方から押さえていきましょう。ここを間違えると、古文の読解全体がずれてしまうこともあります。彼らがどこで働き、どのような権限を持っていたのかを知ることで、古文常識の土台を作ることができます。単なる暗記ではなく、背景にある「理屈」を知ることが定着への近道ですよ。
上達部の正しい読み方は「かんだちめ」

「上達部」という漢字を見たとき、現代語の感覚で「じょうたつぶ」と読んでしまってはいけません。古文において、この語の正しい読み方は「かんだちめ」、または「かんだちべ」です。入試や定期テストの読み問題では、より一般的な「かんだちめ」と書くことをおすすめします。
この言葉の語源は、非常に興味深い成り立ちをしています。もともとは「上(かみ)」+「達(たち/複数形)」+「部(べ/集団)」という要素が組み合わさった言葉でした。つまり、「上に立つ人々」という意味ですね。これが長い時間をかけて発音しやすいように変化(音便変化)していき、「かみたちべ」→「かんだちべ」→「かんだちめ」となったと言われています。
歴史的仮名遣いの重要ポイント
この単語は、歴史的仮名遣いの問題としてもよく狙われます。以下のポイントに注意して、実際に手で書いて覚えておきましょう。
- 「か」の次は「ん」ですが、元の語が「かみ」なので、表記上「かむだちめ」とされることもあります(読みは「かんだちめ」)。
- 「ち」に濁点はつきませんが、発音上は連濁する場合もあります。
- 語尾は「め」または「べ」です。「へ」と書かないように注意。
上達部と公卿の違いを簡単解説

学習を進めていると、「公卿(くぎょう)」という言葉も出てきますよね。「先生、上達部と公卿は何が違うんですか?」という質問を生徒からよく受けます。辞書を引くと似たような意味が書いてあるので、混乱してしまうのも無理はありません。
結論から言うと、指しているメンバー(対象者)はほぼ同じです。ただし、言葉が使われる「場面」や「ニュアンス」が少し異なります。
- 公卿(くぎょう): 法律(律令)や制度上の正式な呼び名です。歴史の教科書や公式記録などで使われる硬い表現です。
- 上達部(かんだちめ): 文学作品、日記、日常会話の中で使われる和語(日本固有の言葉)です。「お上の方々」といった、やや柔らかく、しかし敬意を含んだ響きがあります。
古文の物語や日記を読むときは、私的な視点で書かれたものが多いため、「上達部」という言葉に出会う頻度のほうが圧倒的に高いです。文脈に合わせて「国政を担うトップエリートたち」というイメージを持っておくと良いでしょう。
上達部と殿上人の違いと覚え方

ここが今回のハイライトと言っても過言ではありません。「上達部」と「殿上人(てんじょうびと)」はセットで語られることが多いですが、両者の間には明確な身分の壁、いわば「断絶」が存在します。
よくある勘違いが「天皇のいる清涼殿に上がれるかどうかの違い」というものです。実は、上達部も殿上人も、基本的には昇殿(天皇の側に行くこと)は許されています。では何が違うのか。それは「国の政治を決める権利(議決権)があるかどうか」です。
さらに、その下には「地下(じげ)」と呼ばれる、昇殿すら許されない下級貴族たちがいます。この3層構造を整理しておきましょう。
| 階級 | 構成員(位階) | 主な役割と特権 |
|---|---|---|
| 上達部 | 三位以上+参議 | 国政の審議・決定権を持つ。陣の座に着座できる。 |
| 殿上人 | 四位・五位の一部 (六位の蔵人含む) | 天皇の側近として実務や雑用を行う。清涼殿への昇殿が許される。 |
| 地下(じげ) | 六位以下 | 実務担当官。原則として清涼殿には上がれず、地面(庭)などで控える。 |
物語の中で「殿上人」たちがワイワイ遊んでいるところに、「上達部」が現れると、場の空気がピリッと引き締まる描写がよくあります。これは、単なる先輩後輩の関係ではなく、明確な「支配層」と「実務層」の違いがあるからなのです。
上達部の構成メンバーと階級

具体的にどのような役職の人たちが上達部と呼ばれるのでしょうか。彼らは太政官(だいじょうかん)という行政機関の最高幹部たちです。
上達部に含まれる主な官職リスト
- 太政大臣(だいじょうだいじん): 常設ではない最高職。
- 左大臣・右大臣: 政権の実質的なトップ。
- 内大臣(ないだいじん): 左右大臣に次ぐ地位。
- 大納言(だいなごん): 政務の審議官。
- 中納言(ちゅうなごん): 大納言を補佐し、天皇に奏上する。
- 参議(さんぎ): 四位であっても会議に参加できる特別な職。
基本的には「三位(さんみ)」以上の位を持つ人々なのですが、例外として「四位」であっても「参議」という役職についていれば上達部に含まれます。この「参議」は別名「宰相(さいしょう)」とも呼ばれ、国の重要事項を話し合う会議に参加できるエリートコースの入り口なのです。
陣の座という上達部の特権

上達部を理解する上で欠かせないキーワードが「陣の座(じんのざ)」です。これは、宮中の「近衛府(このえふ)」という場所に置かれた、上達部専用の執務室兼会議室のことです。
『今昔物語集』などの説話では、太政大臣や大納言たちがこの「陣の座」に集まって会議(公事)を行うシーンがよく描かれます。ここは国の重要事項を決定する神聖かつ公的な場所であり、殿上人が気安く立ち入れる場所ではありません。
一方で、殿上人が主に控えているのは天皇の私的な生活空間である「清涼殿」や「殿上の間」です。つまり、「陣の座に座っている」あるいは「陣の座におはします」という描写があれば、その人物は間違いなく上達部であると判断できるわけです。この空間的な違いをイメージできると、古文の情景描写がぐっと立体的になりますよ。
受験古文で狙われる上達部と敬語
ここからは、得点に直結する「文法」の話を深掘りします。上達部が登場する文章では、彼らの身分の高さを示すために特有の敬語表現が使われます。これをマスターしていると、主語が省略されていても「誰がその動作をしたのか」を論理的に特定できるようになるのです。これは感覚ではなく、ロジックで解ける部分です。
上達部に対する最高敬語のルール

上達部は身分が非常に高いため、彼らに対しては「最高敬語(二重敬語)」が使われることが一般的です。これは、一つの動詞に対して二つの尊敬の要素を重ねることで、最大限の敬意を表す用法です。
代表的な二重敬語のパターン
基本形は「尊敬の助動詞+尊敬の補助動詞」の組み合わせです。
- せ給ふ(尊敬の助動詞「す」+尊敬の補助動詞「給ふ」)
- させ給ふ(尊敬の助動詞「さす」+尊敬の補助動詞「給ふ」)
- しめ給ふ(尊敬の助動詞「しむ」+尊敬の補助動詞「給ふ」)※頻度は低め
また、特定の語彙自体が高い敬意を表す「特定語」も重要です。例えば、「言ふ」の尊敬語である「のたまふ」や「仰せらる」、そして「あり・行く・来」の最高敬語である「おはします」などが使われていれば、その動作主は上達部(あるいは皇族・神仏)である可能性が極めて高いです。通常の殿上人に対してここまで重厚な敬語が使われることは稀です。
上達部が主語のときの敬語判別

古文読解で最も苦戦するのが「主語の省略」ですよね。「誰が言ったのかわからない」と悩む生徒は多いです。しかし、敬語の知識があれば、これを逆算して解くことができます。
例えば、「陣の座におはしましける」という文があったとします。主語は書かれていません。しかし、以下の2つのヒントから人物を絞り込めます。
- 場所のヒント:「陣の座」は上達部の職場である。
- 敬語のヒント:「おはします」は最高敬語である。
この2点から、動作主は「間違いなく上達部(大臣や納言)」だと特定できます。ただの殿上人や受領であれば、「候ふ(さぶらふ)」などの謙譲語や丁寧語、あるいは軽い尊敬語で描写されるはずだからです。
注意点:助動詞「る・らる」は受身や可能の意味もありますが、上達部が主語の場合は「尊敬」の意味で使われることが多いです。「大臣の行はる(大臣が行われる)」のように文脈で判断しましょう。特に、直後に尊敬語がない場合でも、「る・らる」単独で尊敬を表すケース(自発・可能・受身の打ち消しができない場合)は要チェックです。
枕草子に描かれる上達部の憧れ

清少納言が書いた『枕草子』では、上達部は女性たちの「憧れの的」として、非常に華やかに描かれています。
特に興味深いのは、第25段「位こそなほめでたきものはあれ(位ほどやはり素晴らしいものはない)」のエピソードです。ここでは、同じ人物でも役職が変わると周囲の扱いが激変するという、宮廷社会のリアルな側面が描かれています。昨日まで五位の役人だった人が、上達部(中納言など)に出世した途端、「尊く思われる(やむごとなうおぼえ給ふ)」ようになり、それまで彼を軽んじていた人々も平伏するようになります。
また、当時の女性にとって「上達部の北の方(正妻)」になることは、人生の成功における一つの到達点でした。さらにその娘が皇后になれば、一家の繁栄は約束されます。清少納言のシビアながらも情熱的な視点を通して、当時の上達部がいかに輝かしい「ブランド」であり、人々がその地位を渇望していたかがわかります。
除目の儀式における上達部の役割

春や秋に行われる大規模な人事異動の儀式を「除目(じもく)」と言います。ここでも上達部は主役です。なぜなら、彼らが人事権を握っている「決定者」だからです。
『枕草子』の有名な「すさまじきもの(興ざめなもの)」の段では、地方官(受領)になりたくて寒空の下で震えて待つ人々と、その決定を下して悠々と退出する上達部の対比が残酷なまでに鮮やかに描かれています。
希望を持って待っていた人々にとって、「上達部などみな出で給ひぬ」という一文は絶望の合図です。これは単に彼らが帰宅したということではなく、「会議が終わった=任命式が終了した=待っていたあなたたちは落選した」という事実を告げているからです。彼らは言葉を交わす相手ではなく、遠くからその動向(退出)を見守るだけの「雲の上の存在」であり、他者の運命を左右する権力者なのです。
源氏物語などの作品に見る上達部

『源氏物語』や『更級日記』などの物語作品では、上達部は姿が見えなくても、その「気配」だけで別格の存在感を放ちます。
『更級日記』の作者(菅原孝標女)は、物陰から上達部の声を聞き、「おとなしく静やかなるけはひ(落ち着いて静かな様子)」に感動しています。平安時代の美意識において、大声で騒いだり(ののしる)、慌ただしく振る舞うのは身分の低い者のすることでした。上達部は、洗練されたマナーと深い教養(風流)、そして静謐なオーラを身につけていることが、彼らの権威の一部だったのです。
一方で、『源氏物語』の光源氏のような「準皇族」クラスの主人公に対しては、たとえ上達部であっても「仕うまつる(お仕えする)」という謙譲語を使ってへりくだる場面があります。このように、敬語の方向(誰が誰に敬意を払っているか)を見ることで、物語内の複雑な力関係がはっきりと見えてくるようになります。
上達部の知識を整理して古文攻略

ここまで、上達部について詳しく解説してきました。最後に学習のポイントを整理しましょう。
- 読み方:「かんだちめ」と読み書きできるようにする。
- 身分:三位以上のエリート集団で、国政を担う(公卿とほぼ同義)。
- 場所:殿上人とは違い、「陣の座」に着座する権利を持つ。
- 敬語:文章中では最高敬語(おはします、せ給ふ)で扱われることが多い。
「上達部」という言葉一つをとっても、そこには当時の政治構造や人々の憧れ、そして厳格な敬語のルールが詰まっています。単語帳で意味を丸暗記するだけでなく、こうした背景知識(古典常識)を持って古文の文章に向き合ってみてください。そうすれば、今まで見えてこなかった登場人物の心情や人間関係が、まるでドラマを見るように鮮やかに読み取れるようになるはずです。古文は「言葉のパズル」ではなく、生きた人間たちの物語であることを忘れないでくださいね。







