【共通テスト2026】国語漢文の全訳・解説と難易度分析【真瓦偽玉】

こんにちは。「たく先生」です。
受験生の皆さん、2026年の共通テスト、本当にお疲れ様でした。会場の雰囲気や緊張感、独特のものがありましたよね。特に国語の漢文では、少し見慣れない江戸時代の日本漢文が出題され、ページを開いた瞬間に「えっ、中国の文章じゃないの?」と動揺した人も多かったのではないでしょうか。
今年の題材における最大のポイントは、なんといっても「真瓦(本物の瓦)」や「偽玉(偽物の宝石)」といった、一見すると矛盾しているような比喩表現の読み取りでした。このレトリックに惑わされず、筆者の真意にたどり着けたかが勝負の分かれ目だったと言えます。
この記事では、多くの受験生が検索している共通テスト 2026 国語 漢文 解説 全訳といった情報を踏まえ、予備校の速報よりも詳しく、そしてどこよりも分かりやすく現代語訳と詳細な解説をお届けします。今回は特に、「なぜその選択肢が正解で、他が間違いなのか」という点まで徹底的に深掘りします。自己採点の復習としてはもちろん、これから二次試験に向かう人のための記述力アップのヒントとしてもぜひ活用してください。
本文が手元にない人は以下のリンク先から問題と模範解答を手に入れてくださいね。
2026年共通テスト国語漢文の全訳と解説:出典情報
まずは、今年出題された漢文の全体像をじっくりと深掘りしていきましょう。単に答え合わせをするだけでなく、背景知識を知ることで読解の解像度がグッと上がります。「共通テスト 2026 国語 漢文 解説 全訳」を知りたいという多くの声に応えて、出典の背景から本文の詳しい解釈までを整理します。
長野豊山の文章の出典と特徴
今年の共通テストで取り上げられたのは、江戸時代後期の儒学者であり、優れた漢詩人でもあった長野豊山(ながの ほうざん)の文章でした。彼は肥後国(現在の熊本県)の出身で、藩校の教授を務めるなど、当時の一流の知識人でした。
今回の文章のテーマは、ズバリ「詩の評論(詩話)」です。この文章が書かれた江戸時代中期から後期にかけて、日本の漢詩壇ではある大きな論争が巻き起こっていました。それが「唐詩を学ぶべきか、宋詩を学ぶべきか」という、いわゆる「唐宋詩論争」です。

簡単に言うと、感情豊かで雄大な「唐詩(李白や杜甫など)」を理想とする派閥と、理知的で哲学的な「宋詩(蘇軾など)」を理想とする派閥が、互いに「あっちの詩はダメだ、こっちが正解だ」と言い争っていた時代背景があります。この背景を知っていると、本文の冒頭で客が「先生は唐ですか、宋ですか?」と尋ねてくる理由がよく分かりますよね。
しかし、筆者の長野豊山は、この不毛な派閥争いに対して非常にクールで本質的なスタンスを取っています。「形式や派閥にとらわれるな、詩の本質を見ろ」という彼の主張は、現代の私たちにも通じる普遍的なメッセージを含んでいると言えるでしょう。
ちなみに、江戸時代の日本漢文は、純粋な中国の古典に比べて「和臭(日本語的な発想やニュアンス)」が含まれることがあり、読みやすい反面、独特の論理展開に注意が必要です。共通テストでは近年、こうした日本漢文の出題が増加傾向にあり、日本の知識人がどのように漢文を使いこなしていたかという視点も問われています。
本文の書き下し文と重要語句
それでは、試験問題の本文を書き下し文で確認してみましょう。漢文の学習において、書き下し文をリズムよく音読することは非常に重要です。返り点の構造が頭に入り、文脈が見えてくるからです。
【書き下し文】
客余に問ひて曰はく、「子は詩を学ぶに、唐か、宋か」と。 曰はく、「我は必ずしも唐ならず、必ずしも宋ならず、又た必ずしも唐宋ならずんばあらず。見るべし、不必の二字、是れ我が宗旨なり」と。
東坡云ふ、「詩を作るに此の詩を必とするは、定めて詩人に非ざるを知る」と。知言と謂ふべし。 窃(ひそ)かに世の詩流を視るに、詩の巧拙を問はず、同じきに党し異なるを伐ちて、忿争すること狂ふがごとし。是れ狭見の然らしむと雖(いへど)も、亦た已(はなは)だ験(がい)ならずや。
人の口を極めて白石・南郭を罵りて、以て偽詩と為す有り。余其の詩を観んことを請ふ。意を立つること陳腐にして、但だ多く生字を用ゐて、以て其の拙を掩(おお)ふのみ。余因(よ)りて謂ひて曰はく、 「白石・南郭は誠に偽詩を作り、吾子は誠に真詩を作る。然れども吾子の詩は、譬(たと)へば真瓦なり。二子の詩は、譬へば偽玉なり。真瓦の価、迥(はる)かに偽玉の下に在り」と。
ここで、いくつか重要な語句について補足しておきます。これらの語句の意味を押さえておかないと、全体の論旨を見失ってしまう可能性があります。
| 語句 | 意味・解説 |
|---|---|
| 不必(ふひつ) | 「必ずしも〜せず」。特定の対象に固執しないこと。筆者のスタンスを表す最重要キーワードです。 |
| 宗旨(しゅうし) | もとは仏教用語ですが、ここでは自分の主義・主張、あるいは学問的な立場を指します 。 |
| 東坡(とうば) | 中国・北宋の詩人、蘇軾(そしょく)のこと 。宋代最高の詩人と称されます。筆者は彼の言葉を引用して自説を補強しています。 |
| 知言(ちげん) | 道理をわきまえた、見識のある言葉。「名言」に近いニュアンスです 。 |
| 験(がい) | 効果や効き目の意味もありますが、ここでは注釈にある通り「愚かである」という意味で使われています。文脈からマイナスの意味だと推測する力が求められました。 |
| 白石・南郭 | 新井白石と服部南郭のこと。江戸時代中期の有名な儒学者・詩人です。 |
現代語訳と唐宋詩の論争
ここでは、文脈を補いながら丁寧に現代語訳をしていきます。特に冒頭の「二重否定」のニュアンスや、筆者の少し皮肉めいた口調を再現してみましょう。
【冒頭:筆者のスタンス】
ある客が私(長野豊山)に質問して言いました。「先生は詩を学ぶ際、唐の詩を学ぶのですか、それとも宋の詩を学ぶのですか」と。
(当時の常識では、どちらかの派閥に属するのが普通だったのでしょう。)
私はこう答えました。「私は必ずしも唐とは限らないし、必ずしも宋とも限らない。また、かといって唐や宋を絶対に学ばない(唐宋以外を学ぶ)というわけでもない。よく見てみなさい、『不必(必ずしも……せず)』という、何事にも固執しないこの二文字こそが、私の主義主張なのだ」と。

【中盤:世間への批判】
かの有名な蘇東坡(蘇軾)もこう言っています。「詩を作る場合に、この詩形や流派でなければならないと絶対視するのは、その人が詩人ではないことの証拠であると知れる」と。これはまさしく名言というべきでしょう。
ひそかに世の中の詩人たちの様子を観察してみると、詩そのものの出来栄えが良いか悪いかを問わずに、ただ自分と同じ派閥の者に味方し、異なる派閥の者を攻撃して、怒り争う様子はまるで気が狂っているかのようです。これは彼らの狭い見識がそうさせていることではあるものの、なんと愚かなことではないでしょうか。


たく先生、この「世間の詩人たち」って、要するに作品の中身を見ないでレッテル貼りをしてるってことですよね? 現代でもメーカーとかブランドだけで良し悪しを決める人っていますけど、それに近い感覚なのかな。

その通り、みちかさん! 素晴らしい着眼点だね。筆者が怒っているのは、まさに「本質不在の形式論争」なんだ。「唐風だから良い」「宋風だからダメ」じゃなくて、「その詩が良いか悪いか」を見ようよ、という極めてまっとうな主張をしているんだよ。
真瓦と偽玉の比喩の解釈
後半部分は、この文章のクライマックスとも言える「比喩(レトリック)」の場面です。ここが読解の最大の山場であり、多くの受験生が頭を悩ませた部分でした。
【終盤:ある人物への反論】
ある人が、口を極めて(激しく)新井白石や服部南郭を罵倒し、彼らの詩を「偽物の詩(偽詩)」だと言いました。(この人物は、自分が「正しい詩」を作っていると信じているわけです。)
私はその批判した人に、「では、あなたの詩を見せてほしい」と願い出ました。
いざ見せてもらうと)その人の詩は、主題の立て方は古くさく陳腐で、ただ見慣れない難しい漢字(生字)を多く使って、その下手さを隠そうとしているだけでした。
そこで私は、その人にこう言いました。
「仮に、白石や南郭が本当に『偽物の詩』を作り、あなた(吾子)が本当に『本物の詩(真詩)』を作っているとしましょう。(百歩譲ってあなたの定義に従いましょう。)
しかし、あなたの詩は、たとえるなら『本物の瓦(真瓦)』です。あの二人の詩は、たとえるなら『偽物の宝石(偽玉)』です 。
『本物の瓦』の価値は、『偽物の宝石』の価値よりもはるかに下にあるのですよ」。

この比喩のロジック
- 相手の主張: 形式が正しいかどうかが重要(自分=真、白石=偽)。
- 筆者の反論: 形式が「真」であっても、素材が「瓦」なら価値は低い。形式が「偽」だとしても、素材が「宝石」なら価値は高い。
- 結論: 芸術においては、形式的な正しさよりも、実質的な価値(才能や美しさ)が優先される。
今年の難易度と全体の傾向
全体として、文章量は標準的でしたが、後半の論理展開を正確につかめたかどうかが鍵となりました。「真瓦」と聞いて、「え? 本物の瓦なら良いものじゃないの?」と直感的に思ってしまった人は、筆者の罠に引っかかってしまったかもしれません。
単語レベルでは基本的な知識で対応できるものが多かったですが、「二重否定(~ずんばあらず)」や「詠嘆(~ならずや)」といった句形の正確な知識がないと、文脈を取り違えてしまう構成になっています。特に「真瓦」と「偽玉」の対比は、直訳するだけでなく「筆者が何を言わんとしているか(皮肉と本質の指摘)」を読み取る力が試されました。
また、問7のように、本文とは異なる資料(今回は詩の評価に関する別の文章)を読ませて、本文の主張と統合させる問題も健在でした。こうした「複数テキストの統合問題」は、共通テスト国語の大きな特徴であり、単なる翻訳能力だけでなく、論理的な思考力が求められています。
難易度としては、昨年と比較しても「やや難」と言えるでしょう。

特に、比喩の意味を問う設問で迷った受験生が多かったと推測されます。ちなみに、大学入試センターなどが公表している過去のデータを見ても、漢文の平均点は年度によって変動幅が大きい傾向にあります(出典:独立行政法人 大学入試センター『過去の試験情報』)。一喜一憂せず、まずはしっかりと復習することが大切です。
2026年共通テスト国語漢文の解説と全訳:設問別
ここからは、、各設問の解法プロセスを詳しく解説していきます。なぜその選択肢が正解なのか、なぜ他が間違っているのか、その根拠を明確にしていきましょう。
問1語句の意味と問2内容説明
問1(語句の意味)
【正解】解答番号 30: ④ / 解答番号 31: ①
漢字の意味を問う問題は、文脈判断が基本ですが、熟語としての知識も必要です。
ア「宗旨(しゅうし)」について:
この語句は、筆者が「不必(必ずしも~しない、こだわらないこと)」こそが、自分の「宗旨」だと言っている場面で使われています。
- 正解④「主要な見解」: 文脈上、筆者の「主義・スタンス・考え方」を指しているため、これが最も適切です 。
- 間違い選択肢の解説
- ①祖先の教説: 先祖から伝わった教えという意味ではありません。あくまで筆者自身の考えです。
- ②党派の主張: 筆者は「党派(派閥)」を批判する立場なので、真逆の意味になってしまいます。
- ③深遠な教義: もともと仏教用語ですが、ここでは宗教的な教義の話はしていません。
イ「知言(ちげん)」について:
直前に蘇東坡の発言があり、それを評しています。蘇東坡の発言内容は「形式を絶対視する奴は詩人じゃない」という本質的なものでした。
- 正解①「見識のある言葉」: 「知」には「さとる」「わきまえる」という意味が含まれています。蘇東坡の発言を「道理をわきまえた素晴らしい言葉だ」と賞賛している文脈に合致するのはこれです。
- 間違い選択肢の解説
- ②もっともらしい言葉: 「もっともらしい」には「嘘だが本物に見える」というネガティブなニュアンスが含まれることがありますが、ここは純粋な賞賛です。
- ③よく聞く言葉: 単に頻度が高いという意味ではありません。
- ④自明の言葉: 「わかりきったこと」という意味ではありません。深い洞察に対する評価です。
問2(内容説明)
【正解】解答番号 32: ③
傍線部A「我不必唐、不必宋、又不必不唐宋」の解釈です。ここは二重否定の正確な知識が問われました。
書き下し文は「我は必ずしも唐ならず、必ずしも宋ならず、又た必ずしも唐宋ならずんばあらず」となります。「~ずんばあらず(~ないことはない)」という形は、部分的な肯定や、消極的な肯定を表します。

- 正解③: 「唐詩も宋詩も絶対視せず、唐詩や宋詩を決して学ばないのでもない」
- 前半の「必ずしも唐ならず、必ずしも宋ならず」で「絶対視しない(固執しない)」ことを示し、
- 後半の「必ずしも唐宋ならずんばあらず(唐宋を学ばないわけではない)」で「決して学ばないのでもない」ことを示しています。完璧な現代語訳です。
- 間違い選択肢の解説
- ①唐詩と宋詩のいずれをも学ぶ必要がある: 「どちらも大事だから全部やろう!」という積極的な全肯定ではありません。あくまで「こだわらない」というニュアンスです。
- ②唐詩も宋詩も必要でなく: 「必要ない」と切り捨てているわけではありません。後半の「ならずんばあらず(学ばないわけではない)」を無視しています。
- ④唐詩や宋詩以外の詩を学ぶことも不要だ: 「他は不要」といった排他的な主張はしていません。
問3返り点と書き下し文の構造
問3(文法構造)
【正解】解答番号 33: ②
傍線部B「是雖狭見使然」 の構造と返り点を問う問題でした。
まず、文末の「雖(いへど)も」に注目します。これは「~ではあるが」「~だけれども」という逆接の確定条件を作る重要な助字です。
次に、「使然」の「使」は使役動詞「使(し)ム」で、「然(しか)ラシム(そのようにさせる)」と読みます。
主語は「狭見(狭い見識)」です。つまり、「狭い見識が、彼らをそのようにさせた(=狂ったように争わせた)」という構造になります。

- 正解②「是れ狭見の然らしむと雖も」: 主語(狭見の)+使役(然らしむ)+逆接(雖も)の構造を正しく捉えています。
- 間違い選択肢の解説
- ①是れ狭く然らしめらると雖も: 「然らしめらる」と受身で読んでいますが、「使」は使役です。「見」を受身の助動詞と勘違いさせる引っ掛けです。
- ③是れ狭しと雖も見て然らしむるは: 「見」を動詞の「見て」と読んでいますが、ここは名詞「狭見(狭い見識)」の一部です。
- ④是れ狭しと雖も然らしめらるるは: ①と同様、受身の誤読を含んでいます。
- ⑤是れ狭見と雖も然らしむるは: 「狭見といえども(狭い見識だけれども)」と読むと、主語と述語の関係が崩れます。「狭い見識がそうさせた」という因果関係が必要です。
問4と問5の心情と行動解説
問4(心情理解)
【正解】解答番号 34: ③
傍線部C「不亦已験乎(亦た已だ験ならずや)」 の解釈です。
「験」は注釈等で「愚か」という意味が類推できます。また、「~ならずや」は「なんと~ではないか」という詠嘆を含む反語表現です。
直前の文脈で、派閥争いに明け暮れる人々を「狂ふがごとし(気が狂っているようだ)」と厳しく批判しています。
その流れを受けて、「(狭い見識のせいだとは思うが)それにしてもなんと愚かなことではないか」と嘆いているわけです。

- 正解③「なんと愚かなことであろうか。」: 「なんと~だろうか」という強い詠嘆のニュアンスが、「不亦~乎」の形と合致します。
- 間違い選択肢の解説
- ①やはり愚かなことであろうか。: 「やはり」という推量のニュアンスは弱いです。ここはもっと感情的な強い断定です。
- ②どうして愚かだといえようか。: これは「愚かではない」という反語になってしまいます。筆者は「愚かだ」と言いたいので逆の意味になります。
- ④かえって愚かだといえようか。: 「かえって(逆に)」という文脈ではありません。
問5(行動の理由)
【正解】解答番号 35: ①
傍線部D「請観其詩(其の詩を観んことを請ふ)」の行動理由です。
主語は「余(私)」、動詞は「請ふ(お願いした)」、目的語は「其の詩を観んこと」です。
では、「其の詩」とは誰の詩でしょうか?
文脈を見ると、直前に「ある人」が新井白石らを激しく罵倒しています。筆者はその罵倒を聞いて、「そこまで他人のことを悪く言うなら、お前自身の詩はどうなんだ? 見せてみろ」と考えたわけです。
- 正解①「その人自身の詩を見せてくれるように求めた。」: 「其の詩」を批判者本人の詩と捉えるのが、文脈上自然です。
- 間違い選択肢の解説
- ②白石・南郭の詩を見せてくれるように求めた。: 白石らの詩を見る必要はありません。筆者は白石らを擁護しようとしているので、攻撃対象は目の前の批判者です。
- ③その人自身の詩をよく見なおすように求めた。: 「観」は筆者が「見る」という意味であり、相手に「反省して見直せ」と言っているわけではありません。
- ④白石・南郭の詩をよく見なおすように求めた。: ②と③の複合的な間違いです。
問6と問7の資料統合問題の鍵
問6(比喩の論理)
【正解】解答番号 36: ②
この問題が、今回のセットの中で最も思考力を要する「合否を分ける一問」でした。
相手(批判者)の論理は、「自分は正しい形式(真)で作っている。白石らは間違った形式(偽)で作っている。だから自分が上で、彼らは下だ」というものです。
筆者は、この相手の「真・偽」という土俵(前提)を、あえて一度受け入れます。「よし、百歩譲って君が真で、彼らが偽だとしよう」と。
しかし、そこで持ち出したのが「瓦」と「玉(宝石)」という素材の価値の差です。
「君の詩は『本物』かもしれないが、素材は『瓦』だ。つまり価値がない」
「彼らの詩は『偽物』かもしれないが、素材は『宝石』だ。つまり価値がある」
こうすることで、相手がこだわっていた「形式的な真偽」など、作品の「実質的な価値」の前では無意味だと論破したのです。

- 正解②「相手の言葉を用いながら逆の結論へと導いている」: 「真・偽」という相手の用語を使いつつ、「玉・瓦」という別の評価軸を持ち出して、結論(どっちが上か)をひっくり返しています。完璧な説明です。
- 間違い選択肢の解説
- ①ある人の詩を真詩であると高く評価しており: 評価していません。「真瓦(本物の瓦)」と言っているのは、「形式だけは合ってるけど、価値は瓦レベルだ」という強烈な皮肉です。
- ③「二子」の詩にも評価すべき点があるとして…調和させようとしている: 喧嘩両成敗のように「どっちも良いところあるよ」とまとめているわけではありません。「瓦」と「玉」で明確に優劣(白石たちの勝ち)をつけています。
- ④相手の立場を擁護し詩作が上達するよう励ましている: 励ましていません。「瓦」呼ばわりして切り捨てています。

これって、「ルール通りに作ったまずい料理」と、「創作だけどめちゃくちゃ美味しい料理」みたいな話ですね! 「本物のマズい飯」より「邪道のウマい飯」の方が価値があるって言われたら、確かに言い返せないかも(笑)。

素晴らしい例えだね! まさにその通り。芸術や表現の世界では、ルールを守ることよりも、最終的な感動や美しさ(=宝石)が大事なんだという筆者の強い信念が感じられるよね。
問7(資料との統合)
【正解】解答番号 37: ②
最後に、資料と本文に共通する考え方を問う問題です。
本文では、前述の通り「形式(真偽や派閥)」よりも「実質価値(玉か瓦か)」を重視しました。
一方、提示された資料(詩の評価基準についての文章)では、「韻致(いんち=おもむき)」や「風情」がない作品は、いくら格調高くても評価しない(取らざるなり)と述べています。
共通するのは、「形式的な正しさや派閥のルールよりも、作品としてのおもむきや美しさ、完成度が重要だ」という点です。

- 正解②「重要なのは詩としての完成度である。…風趣に乏しく稚拙なものは評価に値しない」: 資料にある「風調」「韻致」を「詩としての完成度・風趣」と言い換えており、本文の「玉(実質価値)」とも合致します。
- 間違い選択肢の解説
- ①世間の人々の評判である: 資料や本文には「世間の評判」を重視する記述はありません。むしろ「名人」であってもダメなものはダメと言っています。
- ③作風の独創性である: 「独創性(オリジナリティ)」が大事だとは言っていません。「風情」や「おもむき」が大事だと言っているのです。
- ④表現の平易さである: 「わかりやすさ(平易さ)」を求めているわけではありません。難しくても「韻致」があれば良いのです。
2026年共通テスト国語漢文の解説と全訳の総括
今回の共通テスト漢文は、長野豊山という人物を通して「学問や芸術における本質とは何か」を問う深い内容でした。皆さんが、単なる答え合わせだけでなく、文章の面白さや論理の巧みさを感じ取ってくれたなら嬉しいです。
漢文は、一見とっつきにくいですが、このように論理構造が明確な「論説文」に近い文章が出題されることも多いです。今回の「真瓦・偽玉」のようなレトリックは、現代文の評論読解にも通じるものがあります。句形の基礎を固めた上で、「筆者は結局何が言いたいのか(イイタイコト)」を追う訓練を続けていきましょう。受験勉強は大変ですが、こうした文章との出会いを楽しめるようになると、実力は飛躍的に伸びていきますよ。










